エンドルフィンという物質は、脳の中から出てくる天然の麻薬です。人間が痛みを感じるとき、ある程度まではこの物質でカバーできます。逆をいえば、お薬の痛み止めを沢山服用するとエンドルフィンは出てこなくなります。代表的なのは、薬剤乱用頭痛。頭痛の度に痛み止めを飲んで、その量が過剰になると、脳内麻薬が減少して、さらに頭痛が起こりやすくなり、痛み止めが欲しくなってくるというもの。このエンドルフィンを上手に分泌させることは、ヒトが生きていくうえで大切です。
エンドルフィンは、子牛や豚の脳から発見されたもので「体内で分泌されるモルヒネ」を意味しています。ランナーが走りすぎると高揚感が強くなり、“ランナーズハイ”と言われますが、そのメカニズムの一つと考えられています。走ることの他に、性行為の一番気持ちよくなった時や、大変おいしい料理を食べたときにも分泌されることが知られています。ランニングとホルモンが関係することは、このエッセイでしばしば登場していますが、エンドルフィンの作用に関しては古代人もイメージを持っていたようです。
ギリシャ神話にも性とランを重ねた物語があるのです。アタランタAtlanta(ギリシャ語Ἀταλάντηで、古代アルカディア地方Ἀρκαδίαを起源とする神話。)という脚の速い女神がいます。彼女をテーマに、詩人の何世紀にインスピレーションを与えて創作されたのですが、その中でも、有名なものにこんな話があります。
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《アトランタの物語》アタランタは、自分の将来の結婚相手についてアポロンの神託を得た。それは、『結婚すべきではない。男と交われば自分自身を失うことになる。しかし結婚を逃れようとしてもそれはかなわないであろう。』というものであった。
いろいろ物語があって、アトランタは、徒競走で彼女を倒すことができる男と結婚することを誓うことになった。絶世の美女アトランタを得ようと世界から男性が集まってきて、アタランタと健脚を競った。アトランタの脚は速く、後方からスタートしても、男性に追いつき、自分よりも遅い男性は矢を放って殺していった。殺されるとわかっても、アトランタの美貌に競争を志願する男性は途絶えなかった。
ヒポメネスという男性が、この話を聞きつけて、アタランタに競争を申し込んだ。実は、彼を一目見たアタランタも彼に恋をしていた。ヒポメネスは愛の女神アフロディーテに相談をして、金のリンゴをもらっていた。競争の途中でリンゴをアタランタに投げつけると、愛のリンゴの誘惑の力で彼女はコースを外れてしまった。そのすきに、ヒポメネスに追い付かれずに、走りきることができた。
ヒポメネスは勝利し、アタランタを手に入れた。二人は、ランニング直後に愛を確かめ合い、そのまま神殿で交じあってしまった。すると、神によって二人は性行為をしたままライオンになってしまった。アポロンの神託のとおりになったのだ。
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この神話は、ギリシャの儀式としてランニング競技があったことから派生しています。ランニングによりエンドルフィンの分泌がされランナーズハイになった状態と、性行為でエンドルフィンが出てライオンのようになってしまった逢瀬を、かけあわせたものですね。スポーツは、男性と女性の出会いの場ですから、恋人や夫婦で走るとエンドルフィンは分泌しやすいものです。性ホルモンのひとつであるエストロゲンというものがありますが、これも関係していて、月経が正常なぐらいの十分量のエストロゲンが分泌できる人において、エンドルフィンが分泌されることが知られています。やはり性が関係しているのです。
スポーツと性、純粋に人間の成り立ちを、古代人はとらえていたのですね
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