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遺伝性の腎臓病を「数学」で読み解く

遺伝性の腎臓病を「数学」で読み解く

〜常染色体劣性多発性嚢胞腎(ARPKD)の新しい理解〜

1. ARPKDとは?

常染色体劣性多発性嚢胞腎(ARPKD)は、生まれつき腎臓と肝臓に異常が起こる遺伝性の病気です。
原因の多くはPKHD1という遺伝子の変異で、腎臓に嚢胞(袋状の膨らみ)ができたり、肝臓の線維化(硬くなる変化)が進んだりします。
重症型では、出生後すぐに命に関わることもあるため、病気のメカニズム解明と治療法開発は非常に重要です。


2. なぜ「数学」が必要なのか

これまでの研究は「どの遺伝子の働きが上がったり下がったりしているか」を比較する方法(DEG解析)が中心でした。
しかし、この方法だと遺伝子同士がどうつながっているかまとまり(コミュニティ)としてどう動いているかまでは分かりません。

そこで今回、私たちは離散数学(Discrete Mathematics)とネットワーク解析を使い、遺伝子の関係性を「地図」にして調べました。
これにより、病気のときと健康なときで遺伝子のチーム編成がどう変わるのかを可視化できます。


3. 研究の方法

今回の解析は2つの技術を組み合わせています。

  1. ssGSEA(シングルサンプル遺伝子セット濃縮解析)
     → サンプルごとに遺伝子セット(関連する遺伝子群)の活性度を測る

  2. トポロジー解析(ネットワーク中心性解析)
     → 遺伝子を「点」、相互作用を「線」としてつなぎ、どの遺伝子が中心的役割を持つかを計算

これにより、「病気特有の遺伝子ネットワーク構造」を探りました。


4. 主な発見

発見① 3つの重要な遺伝子コミュニティ

  • コミュニティ2:中心はIFT22
     → 健康・病気どちらでも安定して活性化。細胞の「繊毛(せんもう:毛のような構造)」の働きに関与し、細胞間の情報伝達を支える基盤的役割

  • コミュニティ5:ARPKDで特に活性化
     → 組織修復や免疫調整に関わる遺伝子が多い

  • コミュニティ3:ARPKDで抑制
     → 構造的な安定性に関わる可能性があり、病気で弱まっていると考えられる


発見② PKHD1は「孤立」

PKHD1は病因遺伝子として知られていますが、ネットワーク解析では他の遺伝子とのつながりがほとんど見られませんでした。
これは、PKHD1自体の異常が直接的なネットワークの中心ではなく、下流の広い遺伝子群に波及している可能性を示します。


発見③ 消えた遺伝子たち

健康な人では重要な位置を占めていたWNT5A、CDH1、FZD10が、ARPKDでは明確なコミュニティに属していませんでした。
これは、病気によって遺伝子間の連携が崩れていることを示すサインです。


5. この研究の意義

  • ネットワーク解析は、「遺伝子のつながり方」まで見える

  • ARPKDでは、遺伝子コミュニティの再編成が起きている

  • PKHD1変異はネットワーク構造を大きく変え、特定の遺伝子の孤立や役割変化を招いている

  • 将来、この方法は治療標的の新しい発見につながる可能性がある


まとめ

  • ARPKDの遺伝子発現を数学的にネットワーク化

  • 健康・病気で遺伝子の「チーム編成」が大きく変化

  • PKHD1は原因遺伝子だが、病気時にはネットワークの中心ではない

  • 解析手法は他の遺伝病やがん研究にも応用可能

数学と生物学の融合が、難治性の遺伝病に新しい光を当て始めています。

 

Sci Rep . 2025 May 3;15(1):15559. doi: 10.1038/s41598-025-99048-y. Pilot study using a discrete mathematical approach for topological analysis and ssGSEA of gene expression in autosomal recessive polycystic kidney disease Nobuo Okui

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